ドクターペッパーの思い出。
もう四半世紀も前のこと。
僕が9歳の頃、家族4人でマレーシアのクアンタンという自然豊かな地方都市へ旅行した。
成田からマレーシア航空のDC10に乗って、7時間ほどでクアラルンプールの空港に着き、そこで国内線に乗り換えるため随分長い時間、空港のベンチに座っていた。
4〜5時間ほど待ったと思う。
定刻より遅れていたクアンタン行きのB737に乗り込んだ。
滑走路を走り出したところで、急に止まった。
パイロットからのアナウンスで「エンジントラブル」だという。
飛行機は再びもとのターミナルに引き返して全員降された。
また何時間も待った。
両替をしていなかったのか、荷物に預けてしたまったのか、現金がなく何も買えず喉が渇いていた。
時間も深夜0時近くになった頃だと思う。父がなにやら係員に言いに行ったのを覚えている。
帰って来た父は、飲み物とサンドイッチのようなものを持って来てくれた。
父が、航空会社の地上係員に交渉して獲得してきたようだった。
ようやく飲み物にありつけた。
その時に、ドクターペッパーを生まれて初めて飲んだ。
母は、「変な味ね」と言っていた。
自分も、変わった味だなと思いつつも、ようやくありつけた飲み物で、喉が潤された。
嫌いな味ではなかった。
そして、ようやく飛行機が飛べるということで、再び乗り込んだ。
こんどは、無事に飛び立てたものの、雷雨のなかの激しく揺れるフライト。
急降下、急上昇。
今でも、あの時のような荒れたフライトには、あまり乗り合わせたことがない。
自分の座っていた窓側の席の、すぐ横の主翼の先端部分が、目もくらむくらい眩しく光った。
どうやら、飛行機に雷が落ちたようだ。
正確に言うと、飛行機の場合は、上からも下からも横からでも、雷に当たる可能性があるので被雷というらしい。
母が「怖い」と小さな声で叫んだ。
自分も、母の言葉を聞いて、急にものすごく怖くなった。
でも、飛行機好きの少年は、本で読んだことを思い出した。
たとえ飛行機に雷が落ちても、飛行には特に問題はないと。
そのことを、母に話した。
30分ほどで、真夜中のムシムシとした、小さなクアンタン空港に降り立った。
空港を出て、フロントガラスの外れたボロボロのワンボックスに乗り、虫をいっぱいに浴びて、ようやくホテルにたどり着いた頃は、うっすらと日が明けようとする頃だった。
そこで父が、こんどは「事前に聞いていた部屋と違う」とフロント係にクレームを言い、また長々と交渉をはじめた。
疲れ切っていた僕と、当時6歳の弟は、横に倒したスーツケースの上に座り込んで、その様子を眺めていた。
やっとの思いでチェックインをして部屋に入ると、ドクターペッパーが置いてあった。
たまに、あの独特な味のドクターペッパーが飲みたくなる。
そして飲むと、あの旅行を思い出す。