お出かけいく

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子どもと、お出かけ行く(育)。30代パパによる、子供に何事もリアルに体験させてみようという試み。

絵本「本所ななふしぎ」より 本所七不思議の舞台になった場所を訪ねて

我が家の4歳娘が大好きな絵本の一つ 

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「本所ななふしぎ」文:斉藤洋 絵:山本孝 偕成社

よく自分で、この「本所ななふしぎ」の絵本を出してきては

 

「えどじだいの おはなしです

ほんじょは、すみだがわの ひがしがわにあって・・・」

 

と、1人で読んでいます。

今回は、本所七不思議の舞台へと、お出かけしてみたいと思います。

 

本所七不思議とは・・・

江戸時代に本所界隈で起こったとされる、怪奇現象や心霊現象を 七つにまとめたお話です。

七不思議と言いますが、実際は七つ以上のお話があり、作者や、まとめる編集者によっては入るお話がまちまちです。

それと、どのお話の舞台も、当時の記録があまりないので、これまた本や資料によって、まちまちで、けっこうあいまいです。

この、あいまいなところも含めて楽しめるのが、本所七不思議の魅力なのかもしれません。

 

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大横川親水公園にある本所七不思議のレリーフ 

 

それでは、この絵本に描かれているお話の順序で、本所七不思議の舞台を1話づつ訪ねて行きます。

 (各お話は、絵本を元に要約しています)

 

第一話 おいてけぼり

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江戸時代、本所の川や堀ではよく魚が釣れたそうです。

たくさん釣れた魚を持って、ある堀を通りかかると

「おいてけ〜 おいてけ〜〜」と不気味な声が・・・。

家に帰って、びく(魚を入れておくカゴ)をのぞくと

たくさんいたはずの、魚が一匹もいなくなっていましたとさ。

 

 

「おいてけぼり」の舞台

 おそらく、本所七不思議のなかでも、特に有名な「おいてけぼり」の話。

おいてけぼりの舞台は、ここだったのでは?という説は、随所に見られます。

今回は、錦糸町駅の南側にある「錦糸堀公園」へ

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 錦糸堀公園へ向かう、歩道には「おいてけぼり」のイラストもありました。

 

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現在、錦糸堀公園には、堀は埋め立てられてありません。

公園の片隅に、河童の石像と「おいてけぼり」の説明の高札がありました。

なるほど「おいてけ〜」と言っていたのは河童だったのかもしれません。

よく言う「置いてきぼりを食う」の語源は、この話から来ているとか。

それにしても、可愛いカッパさんです!

 

 

 

第二話 あしあらいやしき

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ある旗本の屋敷であったとされるお話です。

夜になると、屋敷の天井が、みしみしときしんで

突然、天井がやぶれて

「足をあらえ〜!」と大きな足が出てくるそうです。

足を洗ってあげると、ひっこむのですが

足を洗わないと、家中の天井をふみぬいてしまうそうです。

これが毎晩のように続き、この旗本は、引っ越して行きましたとさ。

 

「あしあらいやしき」の舞台

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国立民族博物館に残っている「本所七不思議 足洗邸」 の浮世絵には

本所三笠町 幕府の旗本 味野岌之助が屋敷」と記されています。

本所三笠町は、現在の北斎通りの亀沢界隈だったと推測されます。

本所は、関東大震災、東京大空襲と一面焼け野原になってしまったため、古い建物はほとんど残っていません。

足洗邸の案内や高札も探してみましたが、見当たりませんでした。

 

 

第三話 おちばなきしい

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松浦という、さむらいの屋敷には、しいの木がありました。

どんなに風が強い日でも、なぜか不思議と一枚も葉が落ちなかったそうです。

 

「おちばなきしい」の舞台

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「江戸切絵図 本所絵図」国立国会図書館

 

絵本の本所七不思議にも「松浦という さむらいのやしき」とありますが、江戸時代に発行された江戸の切絵図にも「松浦豊後守」と記載がありました。

平戸新田藩(長崎の平戸藩の支藩)松浦豊後守の上屋敷に実際にあった、しいの木だったようです。

しいの木は、維新を乗り越えて関東大震災まで、この地にあったそうです。

 

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場所は現在でいうと、つい最近まで両国公会堂があった場所です。

(両国公会堂の跡地は、代々木にあった刀剣博物館が、ここに移転してくるそうです)

 

しいの木は、ドングリの木です。

落ち葉がなかったことも、「奉公人がよく掃除をしていたから」「しいの木が枯れていたから」など、落語の落ちのような話もあります。

 

椎の木は、殿様よりも名が高し

と、(少し失礼な)川柳にもうたわれたほど、有名だったようです。

 

それにしても、この話、わざわざ七不思議にのせるほどの不思議な話でしょうか??

 

 

第四話 たぬきばやし

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真夜中になると、聞こえてくる笛や太鼓の音

その音をたどっていってみると、だんだん自分がどこにいるのかわらなくなります。

そして、夜が明けてみると、ぜんぜん知らない場所に来ているのでした。 

 

たぬきばやしの舞台

実はこの話、実際にこの不思議な囃子を聞いたという人物の、正式な記録が残っています。

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その人物は、現在の長崎県平戸地域を治めていた大名、肥前平戸藩 第九代藩主松浦静山(1760〜1841)です。

静山は晩年、本所の下屋敷で隠居生活を送っていました。

その静山が書き残した随筆集「甲子夜話」(かっしやわ)に、

予が荘のあたり、夜に入れば時として遠方に鼓声をきこゆることあり。

世にこれを本荘七不思議の一と称して、人も往々知る所なり。

因て其鼓声をしるべに其処に到れば、又移て他所に聞ゆ。

予が荘にては辰巳に当たる遠方にて時として鳴ることあり。

この七月八日の夜・・・

甲子夜話続編 4 松浦静山 著 中村幸彦 中野三敏 校訂 東洋文庫 平凡社より

 

静山によると、屋敷のあたりでは夜になると、しばしば鼓声(囃子太鼓)の音が聞こえていたとか。

ここに記されている、この七月八日の夜は、特によく聞こえたようで、屋敷の南方でしたかと思えば、屋敷の中でやっているのかと思うほどすぐ近くで聞こえたり、未申(南西)の方角に遠ざかったりとしたので、家臣に探索させたとあります。

しかし、正体は見破ることができず、結局はどこへ消えて行ったのかもわからなかったようです。

 

 

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「江戸切絵図 本所絵図」国立国会図書館

 

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松浦静山が隠居していた平戸藩下屋敷は、現在の墨田区立本所中学校界隈。

というより、本所の様々な場所で聞こえていたそうなので、舞台は本所一帯と言ったほうが良いかもしれません。

 

 

第五話 かた葉のあし

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両国橋のそばに 駒留橋という小さな橋がありました。

その駒留橋の近くの、あしを、よく見てみると、不思議と片側にしか葉がないそうです。

昔、このあたりで女の人が殺されたそうです。

 

かた葉のあしの舞台

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この話の舞台の場所は、現在の両国橋のたもと(墨田区側)。

両国橋の近くには「駒留橋跡」「片葉の葦」「藤代町跡」の高札が並んで設置されています。

 

葦が片方だけにしか葉が生えないようになった謂れは、

本所横網町に住んでいた留蔵という男が、三笠町のお駒という女性に一目惚れ。

留蔵は何度もアプローチをしますが、お駒は見向きもしてくれません。

ある日、そんなお駒に腹をたて留蔵は、お駒の片手片足を切り落とし堀に投げ捨てて殺害したそうです。

それからというもの、ここに生える葦には、葉が片方しかはえなかったというもの。

 

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隅田川の対岸、台東区側の吾妻橋近くに葦が生えていました。

こちらは両方から、葉を出しています。

 

 

第六話 あかりなしそば

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いついっても、誰もいない屋台の蕎麦屋がありました。

どれだけ待っても店の主人は、やってきません。

そのあいだ、いくらたっても行灯の灯りは消えなかったそうです。

いたずらをして、灯りを消そうものなら、どんなたたりがあるやら・・・。

 

絵本では、このような話です。

絵本の内容に突っ込みをいれるようで少し恐縮ですが、これでは「あかりなしそば」ではなく、「あかりありそば」のような・・・。

 

実はこの話には、類似の話が2種類あります

  •  消えずの行灯:いついっても、人がいなく、ずっと行灯の灯りがついていて消えない

  • あかりなしそば:いついっても、人がいなく、ずっと行灯の灯りがついていない

おそらく絵本は「消えずの行灯」の方を元にしたと思われます。

 

あかりなしそばの舞台

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「あかりなしそば」または「消えずの行灯」の舞台は南割下水、今の北斎通り界隈です。

北斎通りの電灯は、行灯を模したデザインになっています。

 

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本所割下水の案内にも「あかりなしそば」についても記載がありました。

 

第七話 おくりちょうちん

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夜道、ちょうちんを持たずに歩いていると

先の方で、ちょうちんの灯りが見えます。

追いかけていっても、いっこうに追いつきません。

気がつくと知らないところに来ています。

これはタヌキの仕業。

 

でも、これがキツネだと・・・

うしろから、女にちょうちんを差し出されて歩いて行くと、

とても恐ろしい場所に案内されて、帰れなくなってしまうとか。

 

おくりちょうちんの舞台

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舞台の場所は、墨田区太平にある法恩寺界隈とされています。

 

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法恩寺のそばに、江戸時代に掘られた運河、大横川がありました。

現在は、錦糸町あたりから、スカイツリーのある押上のあたりまで約1800mも続く大横川親水公園として整備されています。

吊り橋や、遊具、釣り堀まであって、とても楽しめる公園です。

この大横川親水公園に、冒頭で紹介した本所七不思議のレリーフもあります。

 

 

この本所七不思議の本は、以前、お出かけした東京国際ブックフェアで、娘が自ら選んで来た絵本でした。

www.odekakeiku.com

かなりの頻度で自分で出してきては読んでいる、当たり本でした。

絵にも独特なインパクトがあり、子供だけでなく、大人も読んでいて楽しめる絵本です。 

 

本所ななふしぎ

本所ななふしぎ

 

 

江戸の不思議な世界へ、絵本で旅立ってみてはいかがでしょうか

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www.odekakeiku.com

 

参考図書

絵本 本所ななふしぎ 文:斉藤洋 絵:山本孝 偕成社

東洋文庫375 甲子夜話続編 4 松浦静山 著 中村幸彦 中野三敏 校訂 平凡社

殿様と鼠小僧 松浦静山『甲子夜話』の世界 氏家幹人著 講談社学術文庫

両国歴史散歩 高札めぐり 墨田区観光協会

古地図で巡る 江戸の怪談 双葉社